かつて佐久往還と呼ばれた街道筋の、北杜市の長澤集落にある築170年の大きな古民家をリノベーションしたフレンチレストラン「Terroir(テロワール)愛と胃袋」。

Local Stay八ヶ岳取材ライターは、オープンしたての頃の数年前、古民家の建物見たさにお食事をいただいたのですが、地元素材をふんだんに使ったお料理は滋味深く美味しくて、お皿のプレゼンテーションは美しく心憎い演出で、手をかけたお仕事ぶりに感動したものでした。

今や八ヶ岳で“行くべきレストラン”である同店の女将であり、運営組織・つくるめぐみ代表を務める石田恵海さんにお話を伺いました。

「愛と胃袋」の建物は、遠くからでも目立つ大きくて立派な古民家。この建物を借りた当時はさぞ朽ちていたのではと思いきや、意外にも持ち主の旧家によって大切に維持されてきた建物とのこと。

蚕が飼われていたこともある高い天井、母屋として使われていた畳の広間、レストランの客席はかつて厩(うまや)だったりと、農村の古民家の風情を十分に堪能できる空間です。

「愛と胃袋」はお子様連れOKのフレンチレストラン。お子様向けメニューもボリュームが異なる幾つかの種類が用意されています。3人のお子様を持つ恵海さんならではの心づかいですね。

2020年春には、愛と胃袋にほど近い場所で、歴史ある空き家を改装した貸切一軒宿「旅と裸足」をオープン。2021年にはさらに愛と胃袋の敷地内にある倉庫を改装した「cafe yusan」もオープンするなど、レストランにとどまらない事業展開をされています。

東京の高級レストラン激戦区から八ヶ岳の農村集落への「なぜ?」

◉Local Stay八ヶ岳:以前は東京の世田谷区三軒茶屋でフレンチレストランを経営されていたそうですね。レストラン激戦区から八ヶ岳に移転されるきっかけや、レストランの他に宿やカフェを始められた思いを伺いたいです。

◉石田恵海さん:三軒茶屋では4年間、運営していました。八ヶ岳に移転してからは今年2021年の春で丸4年になります。三軒茶屋では自宅と店舗で月々約100万円くらいの家賃と光熱費を払っていて、三軒茶屋にいるために仕事しているようなものでした。

当時から私たちのお店ではオーガニックの野菜や放牧で育った畜産などを扱って料理で提案しているのに対して、わたしたち自身の働き方や暮らしを振り返ってみると、それとは真逆の生き方をしていることに気づいたんですよね。

改めて、東京という地にこだわっているのかと夫と話してみたら、まったく二人ともこだわっていなかったし、子育て環境も考えて移住を決心したのでした。。

既存のお客さまも来やすいよう東京から2時間程度で自然がたくさんある場所で暮らしながらレストランができたらいいな、子育てがしやすいよう自宅とお店が近接しているといいな、さらに、オーベルジュとしてレストランと宿の両方ができたらいいなと考えていました。

北杜市には、勝沼など山梨中をいろいろ訪ね歩いて物件を探していた時に初めて来たんです。最初は明野でお店を開く予定で引っ越したんですが、暮らしてみたらこの場所でお店をするのは違うなと感じて。知り合いの方から長澤集落に古民家を持っている方をご紹介してくださり、ここに移ろうと決めました。

長澤集落は国道141号線沿いにありますが、この道は峠を越えて長野に通じている昔の佐久往還ですね。かつての街道沿いで問屋さんをしていた家で、築170年だそうです。建物の状態も非常に良いのが決め手になりました。

(写真提供:愛と胃袋)

テロワール、そしてガストロノミーの思い

◉Local Stay八ヶ岳:テロワールと称して地元産の食材をメインに扱っていらっしゃいますが、東京から移住してお店をオープンされて、こんなに地元の方々とのつながりが多いのは驚きです。(※「テロワール」とは、土地・地域を指す。)

◉石田恵海さん:実は移住してから愛と胃袋をオープンするまで、約1年かけているんです。

地元のいろんな人とつながりたくてお訪ねしたり、農のイベントに参加してみたりしました。今、愛と胃袋の器類や、野菜や湧水鱒など地元産の食材をお願いしている方々は、その頃に知り合った方が多いんです。

宿で使う寝具のカバー類や部屋着はオール山梨でつくられています。富士吉田市のオーガニックコットンメーカーの布地を、デザインや仕立ては北杜市の方に染めは南アルプス市の障害福祉サービス事業所にお願いしました。

◉Local Stay八ヶ岳:八ヶ岳でとれたジビエも提供されていますね。鹿肉のローストをいただいて本当に美味しかったです。ジビエはいつ頃から扱おうと考えられたのでしょうか。

◉石田恵海さん:北杜市の明野にジビエの処理加工場ができたので伺った時に、地元の猟友会の方々と知り合うことができて、レストランでジビエを扱おうと思いました。シェフは狩猟免許も取っています。

八ヶ岳らしいロケーションで一夜限りのディナーを行うイベント「Dining Hokuto」を自ら企画したり、北杜市商工会主催のローカルガストロノミーツアーのコーディネートをさせていただいたり、最近では山梨県の美食コンソーシアムのメンバーに選んでいただいたり、八ヶ岳ガストロノミーの提案をしているところです。(※「ガストロノミー」とは、その土地に根付いた食文化や美食を指す。)

八ヶ岳に来たのだから八ヶ岳の食を楽しんでいただきたいのですが、都会のレストランと変わらない水準で、都会では真似のできない八ヶ岳だからこそのプレゼンテーションを目指しています。

ランチ・ディナーともシェフお任せフルコースのみ。
旬の地元食材によってメニューが変わります。
夏には山梨ならではの“桃づくしコース”も。
(写真提供:砺波周平氏)
テーブルプレゼンテーションには、
季節を感じる自然が散りばめられていました。

長澤集落でのお米づくり

◉Local Stay八ヶ岳:この長澤集落との連携はされていますか。

◉石田恵海さん:この集落の雰囲気がいいでしょ。お客様がお散歩されているようですね。 この辺りはかつては棚田だったのですが、現在は耕作放棄地が多く、そこを畑にして、新規就農の若い人たちが、東京の大企業のCSR事業として運営する子ども食堂のための野菜を作ったりしています。

愛と胃袋でも「おやこシェア田んぼ」をやっています。昨年はコロナ禍で集まるのが難しくて断念したんですが。地元の方にお世話になっています。みんなで味噌づくりもやっているんですよ

春にはたくさんの桜が集落を彩ります。
ひときわ大きな古民家が、愛と胃袋。
田んぼのある谷を泳ぐたくさんの鯉のぼりは
長澤集落の春の風物詩。

オーガニック=環境に負荷をかけないことを選択

◉Local Stay八ヶ岳:愛と胃袋さんは「オーガニックレストラン」、旅と裸足さんは「サスティナブルホテル」でもあるんですよね。

◉石田恵海さん:そうですね。なるべく環境や福祉に配慮された食材や製品を使うようにしています。宿で提供する歯ブラシは竹で作られたものだったり、タオルやリネン類はすべてオーガニックコットン。洗剤やシャンプーなども環境負荷の少ないものを選んでいます。

貸切一軒宿「旅と裸足」の入口。
昔ながらの五右衛門風呂や竈などがある
建物内部をリノベーション。
建物にあった小道具たちが活躍する居間。
懐かしくてほっとする空間です。
ノスタルジックな文机。手紙を書いていただけるよう、
オリジナルの便箋を作り、机の上に置いてあります。
実際にこの竈で飯を炊いていただけるのだそうです。
憧れの猫脚のバスタブです。
(写真提供:砺波周平氏)
寝具カバーは質感の良いオーガニックコットン。
(写真提供:砺波周平氏)
cafe yusan
カフェ店内はなんだか楽しい感じ。
雑貨ショップも併設していて、
恵海さんが選んだ環境にやさしい製品たちが並んでいます。

起業家として、経営者として、そしてハハとして

◉Local Stay八ヶ岳:ご主人の鈴木シェフとは二人三脚ですが、経営のほとんどは恵海さんがされているのではないですか。レストラン、ホテル、カフェの経営の他にも、シェア田んぼや味噌づくりなどの活動や、清里のイベント・シェフズバルの事務局、さらに地元の子供たちがお店を出店するマルシェも主催されていますね。そして3人の男の子のお母さんでもある。そんなにたくさんのことができる秘訣は何でしょう。

◉石田恵海さん:ちゃんとやれてませんけどね(笑)。抱えないでヘルプを出すこと。助けてくれる人をたくさん持って、みんなに支えてもらうことを大切にしています。そうじゃないと一人ではとてもできません。

女性起業家支援も頼まれたら積極的にお手伝いさせていただいています。特に母親の起業を応援したいなと思って。

◉Local Stay八ヶ岳:さらに、ダイバーシティカルチャーマガジンでコラム執筆もされていますよね。

◉石田恵海:編集長との交換日記スタイルの連載ですね。私はもともとリクルート社の『アントレ』という起業家向け雑誌の編集ライターをしていたので。今でも執筆の仕事を時々しています。連載もどうにか続いていますね。

うちのスタッフたちも本当によくやってくれているんです。地域のいろんな方に支えてもらって助けてもらって、愛と胃袋はみんなでやっている感じですね。うちはそんなやり方です。

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石田恵海さんと鈴木信作シェフが、レストランや一軒宿やカフェとして創り出しているものは、八ヶ岳の新しい文化でもあると同時に、豊かであり続けられるこれからの社会のありようにも地球環境にもつながっているようです。

拝見した古民家の建物を活かしたレストランもお宿は、ずっとこのまま時が続いていくような、古くて新しい、豊かな香りのする穏やかな佇まい。まるで長澤集落が見てきた八ヶ岳を往来する100年超の歴史のように感じられました。

八ヶ岳にあって自然豊かな農村集落の風景と八ヶ岳ガストロノミーの味わい深い時をお過ごしいただける、お勧めの場所です。

■Terroir愛と胃袋(オーガニックフレンチレストラン)
 旅と裸足(貸切一軒宿)
cafe yusan(カフェ・雑貨ショップ)
http://www.aitoibukuro.com/
山梨県北杜市高根町長澤414
TEL. 0551-30-9199

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